津川町・宮川謙 屋号「三国屋」
2025,07,12, Saturday
津川町・宮川謙は山間部鉱山開発や林業経営とつながりそうな、火薬業を手広く商った旧家。
津川町横町にあった。屋号「三国屋」。
草倉・足尾鉱山開発のため「ハッパ」、鉱道を掘削するために火薬が多用された当時、
この地で活躍した人物。
宮川家は、麒麟山酒造の近く石川医院の並び、横町にあったが、平成12年3月には、
黒塀に囲まれた家屋は解体されて跡形もない。
令和7年3月は残っていた松の木も伐採され平地となっている。

宮川氏は山田寒山とも繋がりがあり、多くの書簡が残っている。
津川には正法寺の住職乙川大愚がおり、山田寒山との繋がりもあり縁あって「三国屋」さんとも
接点があったのではと推測する。
正法寺は昭和30年頃、私設の幼稚園を開業していた。
また、長崎から分骨された西郷四郎のお墓も建っている。



また、上町「わかば」のお母さんの話しでわ上町の「妙境寺」も宮川さんが建てたとの事。

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